タイトル | 心をつかむバナーデザインのアイデア74 神技クリエイティブ |
著者 | アンドエイチエー |
出版社 | KADOKAWA |
発売日 | 2024年08月 |
心をつかむバナーデザインのアイデア74 神技クリエイティブ:技術者目線からのレビュー
本書「心をつかむバナーデザインのアイデア74 神技クリエイティブ」は、74ものバナーデザイン作例と、それらに込めたクリエイティブな発想を紹介する書籍である。情報系出身のプログラマである私にとって、デザインという分野は専門外であり、本書は新鮮な視点を与えてくれると期待して手に取った。しかし、プログラミングにおける技術書とは異なるアプローチが必要であると、読み進める中で痛感させられることになった。
期待と現実:技術的なアプローチの欠如
まず、本書の構成に言及したい。74個のバナーデザインは、確かに多様なスタイルとターゲット層をカバーしており、ビジュアル的なインスピレーションを得るには十分なボリュームと言える。しかし、技術的な側面、具体的にはデザイン制作における具体的なツールや手法、画像処理技術、そして何よりデザインの背後にある設計思想やアルゴリズムといった要素についての記述が著しく不足している点が、プログラマである私にとって大きな不満点となった。
例えば、あるバナーのデザインが「視覚的ウェイトのバランスが良い」と評されている箇所があったが、その「バランス」が具体的にどのように測定され、どのように設計されたのか、定量的な説明が全くない。単なる主観的な感想に留まっており、再現性や拡張性に欠ける。もし、この「バランス」をアルゴリズムとして表現し、数値化できれば、バナーデザインの自動生成システムへと発展させることも可能となるだろう。しかし、本書はそのような可能性への言及を一切行っていない。
さらに、多くのバナーにおいて、色彩やフォント、レイアウトといった要素が、単に「センスが良い」と記述されているのみで、その選択に至った根拠や理論的な裏付けが提示されていない。カラー理論やタイポグラフィに関する知識を前提とした記述が期待されたが、それらはほとんど見られなかった。
潜在的な可能性:データ駆動型デザインへの発展
本書の最大の欠点は、デザインプロセスをブラックボックス化している点にある。仮に、これらのバナーデザインがA/Bテストなどを用いて、実データに基づいて検証され、その結果が提示されていれば、本書の価値は飛躍的に高まっただろう。 クリック率やコンバージョン率といった具体的なデータと紐づけて、デザイン要素の効果を分析する記述があれば、技術者としてより納得感を得ることができた。
現在、機械学習やディープラーニングを用いたデザイン自動生成技術が注目されている。本書に掲載されている74のバナーデザインをデータセットとして、深層学習モデルを訓練し、新たなバナーデザインを生成する、といったアプローチも考えられる。しかし、本書にはそのような可能性を示唆する記述は存在しない。
ターゲット層のずれ:技術者への訴求不足
本書のターゲット層は、デザイン初心者や、デザインの基礎知識を有するマーケター等を想定していると思われる。しかし、高度なプログラミングスキルを有する技術者、特に画像処理や機械学習に精通した技術者にとって、本書の情報量は圧倒的に不足している。デザインに関する専門的な知識を有していない技術者にも有用な情報が全くないわけではないが、それを活かすには、技術者自身がデザインの基礎理論を別に学ぶ必要がある。
高度な技術者であれば、本書で提示されている「神技」と称されるデザイン要素を、より効率的、かつ定量的に分析し、再現、そして改善することができるだろう。しかし、本書はそのような高度な技術者層へのアプローチを全く考慮していない。
まとめ:デザインとテクノロジーの融合への期待
本書は、ビジュアル的なインスピレーションを得る上では有用な書籍と言えるだろう。しかし、技術者、特にプログラマの視点から見ると、デザインプロセスやその裏付けとなる理論、そしてデータに基づいた分析が著しく不足している点が残念だ。デザインとテクノロジーの融合は、今後ますます重要になっていくと考えられるが、本書はその可能性を十分に示せていない。データ駆動型デザイン、そしてAIによるデザイン自動生成といった分野の発展には、本書のようなビジュアル的な要素と、技術的な裏付けの両方を網羅した書籍が求められる。本書は、その潜在的な可能性を示唆しつつも、それを十分に実現できていない、いわば「未完の交響曲」と言えるだろう。 より技術的な視点を取り入れた、実践的なデザイン解説書を期待したい。